Mag-log in第20話 堺に買い出し!
九州征伐の日が近づく中、龍之介は戦支度を改めて見直していた。
転生の際に持ち込んだ愛刀『童子切安綱』は、天下に名高い名刀であり、その切れ味にも不満はない。しかし、戦場で刀を失ったり、刃こぼれによって使えなくなったりする可能性まで考えれば、実戦へ持ち込める予備の刀が必要だった。
三上家の家宝である金太刀『金胴鳳凰宝相華文兵庫鎖太刀』もあったが、こちらは朝廷の儀式や正装の際に佩くためのものである。華麗な装飾が施された貴重な太刀を、泥と血にまみれる戦場へ持ち出す気にはなれなかった。
「童子切だけに頼るのは、やはり心許ないな。九州へ渡る前に実戦向きの刀を一本手に入れ、家臣たちの武具も見直しておいたほうがよいだろう」
龍之介が望めば、堺の商人たちを嵐山の屋敷へ呼びつけ、刀や武具を並べさせることもできた。正二位左大臣から声がかかったとなれば、商人たちは喜んで品物を積み、競うように京へ駆けつけるはずである。
それでも龍之介は、自ら堺へ足を運ぶことにした。
店に
第22話 西洋備えの最強左大臣 相模湾の水平線に、黒々とした巨大な船影が現れた。 二つの船体を並べ、その上へ強固な甲板と砲台を備えた鉄甲双胴船である。波を切って小田原沖へ近づく姿は、海上を進む城そのものに見えた。 帆柱には錦の御旗と、帝から龍之介へ賜った菊水の旗が掲げられている。潮風を受けて力強く翻る二つの旗を目にした織田方の兵から、たちまち歓声が上がった。「左大臣様の御着陣だ!」「九州から三上勢が参られたぞ!」 正二位左大臣、藤原朝臣三上龍之介正圀。 帝の代理たる軍監として九州征伐へ加わっていた龍之介が、北条討伐の指揮を執るため、小田原へ到着したのである。 龍之介が着いた頃には、柴田勝家、徳川家康、上杉景勝の軍勢が小田原城を包囲していた。 周辺に点在していた北条方の支城は、そのほとんどがすでに陥落している。ところが、本拠である小田原城だけは、いまだに攻め落とすことができずにいた。 北条氏政は、信長に対して一度は恭順の意を示し、表向きは大人しくしていた。しかし、その陰では小田原城の拡張と改修を休むことなく続けていたのである。 城下町だけでなく、武家屋敷や寺社、さらには田畑までも長大な堀と土塁で囲み、総構えの内側へ取り込んでいた。籠城中でもある程度の食糧を自給できるため、通常の兵糧攻めでは容易に音を上げない。 さらに、この世界の小田原城には、龍之介が知る前世の歴史には存在しなかった立派な天守までそびえている。 山と谷の起伏を巧みに利用し、幾重もの堀や土塁を巡らせた総構えは、まさに北条家が総力を挙げて築き上げた難攻不落の要塞であった。「なるほど。北条も、ただ時節を待っていたわけではないか」 鉄甲船の甲板から遠く小田原城を眺めながら、龍之介は感心したようにつぶやいた。 陸では織田方の大軍が城を包囲しているものの、海上の封鎖は十分ではない。織田家の主だった水軍と鉄甲船の多くが九州征伐へ投入されていたため、北条側は夜陰に紛れて物資を運び込むことができたのである。 このまま力任せに攻めれば、織田方にも多く
第21話 九州討伐! 北条謀叛「機は熟した。島津を討ち、日の本の天下統一を成し遂げる。全軍、いざ出陣せよ!」 安土城の大手口に集まった諸将を前に、織田信長は高らかに号令を発した。 朝日に照らされた錦の御旗が風を受けて翻ると、居並ぶ武将たちは一斉に頭を下げ、鬨の声を上げた。蹄の音、甲冑の金具が触れ合う音、旗指物が風を切る音が重なり、安土の城下全体が震えるほどの迫力となった。 上杉、北条、毛利、長宗我部といった有力大名が表向きは織田家へ従い、いまだ大軍を擁して抵抗を続けているのは、九州を統一した島津家だけである。信長にとって、これが天下統一を完成させる最後の大戦になるはずだった。 信長は安土を出陣すると、京へ立ち寄って朝廷へ参内し、帝から島津討伐の勅命を賜った。「島津は朝廷の命に従わず、兵を集めて関門の往来を妨げておる。関白兼征夷大将軍織田信長は、これを朝敵として討ち、九州の民を戦乱から救うべし」 この勅命によって、島津家は正式に朝敵とされた。 信長の軍勢には朝廷から許された錦の御旗が掲げられ、島津家との戦は、単なる大名同士の領地争いではなく、天下平定のための戦と位置づけられたのである。 龍之介もまた、天下統一の仕上げとなる九州征伐へ加わるため、自らの領地である近江八幡へ入っていた。 正二位左大臣である龍之介は、今回は一人の大名としてだけでなく、帝の代理として全軍を監督する軍監の役目も担っている。そのため三上家の旗に加え、朝廷から預けられた旗も陣中へ掲げられた。 近江八幡には三千人の兵が揃っていたが、龍之介はその全員を連れていくことはしなかった。嵐山城と近江八幡の守りを空にすれば、留守中に何が起きるか分からないため、五百人を守備隊として残し、残る二千五百人を率いて出陣したのである。 西洋式甲冑をまとった兵たちは、湾曲長盾と銃剣装着型火縄銃を携え、柳生宗矩の指導によって一糸乱れぬ隊列を作っていた。「宗矩、九州へ渡るまでに兵を疲れさせてはならぬ。行軍の速さより、全員を無事に戦場へ連れていくことを優先せよ」「承知いたしました。鍛錬を重ねたとはいえ、こ
第20話 堺に買い出し! 九州征伐の日が近づく中、龍之介は戦支度を改めて見直していた。 転生の際に持ち込んだ愛刀『童子切安綱』は、天下に名高い名刀であり、その切れ味にも不満はない。しかし、戦場で刀を失ったり、刃こぼれによって使えなくなったりする可能性まで考えれば、実戦へ持ち込める予備の刀が必要だった。 三上家の家宝である金太刀『金胴鳳凰宝相華文兵庫鎖太刀』もあったが、こちらは朝廷の儀式や正装の際に佩くためのものである。華麗な装飾が施された貴重な太刀を、泥と血にまみれる戦場へ持ち出す気にはなれなかった。「童子切だけに頼るのは、やはり心許ないな。九州へ渡る前に実戦向きの刀を一本手に入れ、家臣たちの武具も見直しておいたほうがよいだろう」 龍之介が望めば、堺の商人たちを嵐山の屋敷へ呼びつけ、刀や武具を並べさせることもできた。正二位左大臣から声がかかったとなれば、商人たちは喜んで品物を積み、競うように京へ駆けつけるはずである。 それでも龍之介は、自ら堺へ足を運ぶことにした。 店に並ぶ品だけでなく、市場の賑わいや人々の暮らしを自分の目で確かめることにも意味がある。天下が平定へ向かいつつある今、武将や公家の屋敷だけを見ていては、これからの国をどのように豊かにすべきか分からないと考えたのである。 この頃には、龍之介の進言によって京と堺を結ぶ運河が整備され、両都市の間を船で往来できるようになっていた。人が歩いて運ぶよりも多くの荷を一度に運べるため、米や木材、反物などの流通も以前より盛んになっている。 龍之介は身分を示す華美な装束を避け、動きやすい小袖と袴に身を包み、護衛を兼ねた家臣二人だけを連れて船へ乗り込んだ。 衣の生地は悪くなかったが、装飾らしい装飾はなく、供回りの人数も少ない。その姿だけを見れば、左大臣どころか、暮らし向きのよくない公家が買い物へ出てきたようにも見えた。「殿、本当に先触れを出さなくてよろしいのでしょうか。堺へ到着してから左大臣様だと知られれば、町中が大騒ぎになります」 家臣の一人が心配そうに尋ねると、龍之介は船の縁から運河の流れを眺めながら答えた。「先
第十九話 側室は黒ギャル⁉ 童顔姫⁉ 美男子⁉ 帝から直々に勧められたこともあり、龍之介は摂関家の一つである近衛家から、側室を迎える運びとなった。 相手は美乃利姫という、近衛家の血を引く娘である。家柄だけを見れば、正二位左大臣である龍之介の側室として申し分ないどころか、これ以上を望むのは難しいほどの縁談だった。 しかし、龍之介は話を聞いた時から、少なからず不安を感じていた。「近衛家の姫となれば、いかにも公家らしい、気位の高い娘なのではあるまいか。朝から晩まで家柄や作法の話をされ、何かするたびに下品だと叱られるようでは、家に戻っても気が休まらぬぞ」 そんなことを考えている龍之介自身も、帝の血を引き、藤原朝臣を名乗る正二位左大臣である。誰よりも公家らしい立場にいる自分のことは、見事に棚へ上げていた。 美乃利を迎える日、嵐山の屋敷では、側室の輿入れとしては異例ともいえる祝言が執り行われた。 大勢の客を招いた華やかな宴ではなかったが、相手は摂関家である近衛家の娘である。何の儀礼も行わず屋敷へ迎え入れるわけにはいかなかったため、形ばかりとはいえ、三々九度の盃を交わすこととなった。 花嫁衣装に身を包んだ美乃利は、近衛家の者たちに付き添われて屋敷へ到着した。白を基調とした衣には淡い金糸で花が縫い取られ、歩くたびに裾の模様が光を受けて静かに揺れている。 祝言へ招かれたのは、三上家の側近と、龍之介が以前から付き合いを持つ数名の公家だけだった。 公家たちを招いたことには、近衛家への礼を尽くす以外にも意味がある。龍之介が織田信長との関係だけを重んじているのではなく、これからは左大臣として公家社会とも誠実に付き合い、朝廷を支えていくという意志を示すためだった。「左大臣殿が近衛家から姫を迎えられたことで、武家と公家の双方を結ぶ御立場が、いよいよ確かなものとなりましたな」「織田関白殿の娘を正妻に、近衛家の姫を側室に迎えるとなれば、三上家へ異を唱える者も減りましょう」 祝言の席では、そのような言葉が公家たちの間で交わされていた。 龍之介は盃を傾けながら、側室を一人迎える
第十八話 ハーレムルート解禁 龍之介は、織田信長の娘である歩美姫を妻に迎えて以来、夫婦として仲睦まじく暮らしていた。跡継ぎを望む気持ちもあり、二人で子宝に恵まれる日を待っていたものの、祝言から一年近くが過ぎても、歩美が身ごもったという知らせはなかった。 この時代、婚姻から一年ほど子ができないこと自体は、さほど珍しい話ではない。歩美もまだ若く、医師から身体に問題があると言われたわけでもなかったため、龍之介自身は、それほど焦る必要はないと考えていた。 しかし、正二位左大臣藤原朝臣三上龍之介正圀は、いまや公家の頂点に立つ人物の一人であり、近江八幡十万石を治める大名でもある。その家に跡継ぎがいないとなれば、本人たちだけの問題では済まなかった。 三上家と縁を結ぼうとする公家や大名からは、娘を側室として迎えてほしいという話が、毎日のように持ち込まれていた。美しく装った姫の絵姿や、家柄と教養を並べ立てた書状が屋敷へ届き、使者によっては返事をもらうまで帰ろうとしない者までいる。 龍之介は、歩美の心を傷つけたくないという思いから、それらの申し出をすべて断り続けていた。 ところが、義父である信長からも、三上家の存続を考えるなら側室を持つべきだと勧められた。自分の娘だけを大切にせよと言われるならともかく、その父親から許しを出されてしまえば、龍之介にも断り続ける理由がなくなってしまう。 悩んだ末、龍之介は側室を迎れることを決めた。 その話を聞きつけた恵梨香と深雪は、龍之介の自室へ勢いよく乗り込んできた。「うわっ、お兄ちゃん、本当に側室を迎えるの。歩美お姉様のような綺麗で優しい奥方がいるのに、まだ女の人を増やすつもりなの」「お兄様、私は失望いたしました。歩美お義姉様がお可哀想ではありませんか。あれほどお兄様を立て、この家のために尽くしてくださっているのに、子ができないというだけで別の女性を迎えるなんて、あまりに薄情でございます」 二人から左右に座られ、責めるような目を向けられた龍之介は、手にしていた書付を静かに置いた。「そなたたちは、誰からその話を聞いたのだ。まだ家中へ正式に申し渡したわけではない
第十七話 双胴鉄甲船 日の本で織田信長に対抗できる勢力が次々と姿を消していく一方、九州では島津家がすでに全土の平定を成し遂げていた。 島津家は信長が中国地方や四国へ勢力を広げる動きを見ながら、残された時間は少ないと判断し、九州における勢力圏の拡大を急いだのである。九州統一を果たした後には、本州から織田軍が攻め込んでくる事態へ備え、関門海峡を押さえるため、門司と小倉に海城を築いた。 海へ突き出すように築かれた城には兵と武具が集められ、海峡を通過する船を監視するための物見櫓も設けられている。狭い関門海峡を渡ろうとする織田軍を陸と海の双方から迎え撃ち、本州側へ圧力をかける構えだった。 島津家も、ただ織田軍を恐れて守りを固めているわけではない。九州を統一した大名としての誇りがあり、信長が関白兼征夷大将軍に任じられたからといって、戦わずに臣下へ下るつもりはなかった。 その頃、安土城へ戻っていた信長のもとを、龍之介が訪れていた。 安土城の上層に設けられた一室には、西国から九州に至るまでを描いた大きな地図が広げられていた。中国地方と四国には織田家の支配を示す印が置かれ、九州だけが島津家の色に染められている。 信長は地図の前に座る龍之介へ、いつになく真剣な表情を向けた。「左大臣殿、いよいよ九州征伐を始める時が来ました。島津を降せば日の本は一つとなりますが、それだけに敗北はいっさい許されぬ戦となりましょう。一度でも大きく敗れれば、北条や奥州の大名たちは、織田も恐れるに足らぬと考え、再び野心を起こしかねません」「恭順したばかりの大名たちは、我らへ心から忠誠を誓ったわけではございませんからな。信長様の力と朝廷の権威を恐れ、今は頭を下げているだけの者も少なくないでしょう」「そのとおりです。ゆえに九州征伐では、勝つだけでは足りませぬ。織田家へ逆らうことが、いかに無益であるかを天下へ示すほどの勝利が必要となります。しかし、島津は関門海峡の向こうで待ち構えておる。大軍を無理に渡らせようとすれば、海上と岸辺の双方から攻撃を受けることになるでしょう。左大臣殿、海峡を渡るために何かよい案はございませんかな」 龍之介は地図上